自立指導とは、放置することではない
30秒で読むまとめ
自立指導とは、生徒を自由に勉強させ、分からないときだけ質問に答える指導ではない。
問題の解き方、答え合わせ、解き直し、質問の仕方、時間の使い方まで確認し、成績につながらない行動を修正する。
最終的な目標は、先生がそばにいなくても、正しいやり方で自分の学習を進められるようになることである。
「自立指導」と聞くと、どのような授業を想像するだろうか。
生徒がそれぞれ教材を進める。
先生は教室を回る。
分からない問題があれば質問する。
このような授業風景を思い浮かべる方は多いと思う。
確かに、瀬谷松栄塾でも、生徒が一斉に同じ授業を受け続けるわけではない。
一人ひとりが、自分に必要な内容を進める。
分からないところがあれば説明する。
必要に応じて、取り組む教材や問題量も変える。
しかし、自立指導とは、
「好きなように勉強してください」
「分からなければ質問してください」
と、生徒に任せておくことではない。
それだけでは、自立ではなく放置になる。
勉強が苦手な子に、最初から自立を求めても難しい
そもそも、勉強が苦手な子の多くは、自分で正しい学習を組み立てることができない。
何を勉強すればよいのか分からない。
どの問題から始めるべきか分からない。
どこまでできれば終わりなのか分からない。
間違えた問題を、どのように直せばよいのか分からない。
本人なりに勉強していても、
解ける問題ばかり進める。
分からない問題を飛ばす。
答えを写して終わる。
丸付けだけして、解き直しをしない。
テスト範囲を最後まで終えない。
という状態になりやすい。
家庭で「自分で勉強しなさい」と言われても、何をどうすればよいのか分からないまま机に座っている子もいる。
それを見て、
「やる気がない」
「自立していない」
と判断しても、状況はなかなか変わらない。
自立して勉強できるようになるためには、その前に、正しいやり方を具体的に教え、実際の行動を直す必要がある。
答えを教えるだけでは、勉強はできるようにならない
問題が解けないとき、解き方を説明することは必要である。
知らない知識は教える。
理解できていない内容は、別の言い方や図を使って説明する。
途中で考え方がずれている場合は、どこで間違えたのかを確認する。
ただし、説明を聞いて「分かりました」と言えたことと、自分で解けるようになったことは同じではない。
説明を聞いた直後であれば、分かった気になる。
先生と一緒なら解ける。
解説を見ながらなら進められる。
答えを聞けば納得できる。
しかし、翌日、一人で同じ問題を解けるとは限らない。
テストでは、隣に先生はいない。
だから、説明した後には、自分で解き直す必要がある。
似た問題でもう一度確認する。
途中式や根拠を自分で書く。
何も見ずに答えまでたどり着けるか試す。
教えることは必要だが、教えて終わりではない。
本人が自分で再現できるところまで確認する必要がある。
問題を解いているだけでは、成績につながらないことがある
一見すると、きちんと勉強しているように見える子でも、実際の行動を細かく見ると、成績につながりにくいやり方をしていることがある。
たとえば、
問題文を十分に読まずに解き始める。
数学で途中式を書かない。
英語で主語や動詞を確認しない。
国語で本文の根拠を探さない。
答え合わせで、自分に甘く丸をつける。
間違えた原因を「ミス」でまとめる。
どれも、机には向かっている。
問題も解いている。
教材も進んでいる。
しかし、同じ間違いを繰り返すのであれば、その勉強の仕方には修正が必要である。
自立指導では、解いた問題数だけを見るのではない。
どのように問題文を読んだか。
どこまで自分で考えたか。
どの段階で質問したか。
間違えた後に何をしたか。
次に同じミスを防ぐ方法を考えたか。
こうした学習中の行動を見る。
「分からない」と言う前に、どこまで動いたか
質問することは悪いことではない。
分からないまま放置するよりも、質問した方がよい。
ただし、
問題文を読んでいない。
図や式を書いていない。
教科書や解説を確認していない。
何が分からないのか本人も整理していない。
という状態で、すぐに「分かりません」と言うのであれば、まず行動を変える必要がある。
問題文を読み直す。
分かる条件に線を引く。
図や表にする。
使えそうな知識を書き出す。
どこまでは分かり、どこから分からないのかを確認する。
そこまで取り組んだうえで質問すれば、説明する側も必要な部分を正確に教えられる。
本人にとっても、
「全部分からない」のではなく、
「ここまでは分かるが、この部分から進めない」
と考えられるようになる。
質問の仕方も、学習行動の一つである。
答え合わせと解き直しまでが勉強である
問題を解き終えた時点で、勉強が終わったと思っている子は多い。
しかし、本当に重要なのは、その後である。
正確に丸付けをする。
間違えた問題を分類する。
どこで考え方がずれたのかを確認する。
解説を読む。
自分でもう一度解く。
この流れがなければ、間違えた問題を使って学ぶことができない。
答えを赤で写せば、ノートの上では正解になる。
しかし、本人が次に自分で解けるようになったわけではない。
自立指導では、
「終わりました」
「直しました」
という言葉だけではなく、実際にどこまでできているかを見る。
自分の言葉で説明できるか。
何も見ずに解き直せるか。
同じ種類の問題でも解けるか。
必要であれば、その場でもう一度やり直す。
同じことを何度も注意することもある
一度説明したからといって、次から必ず正しくできるとは限らない。
途中式を書くように伝えても、しばらくすると省く。
答えを写して終わらないように伝えても、また同じ直し方に戻る。
問題文を読むように伝えても、急ぐと読み飛ばす。
本人は、言われた内容を知らないわけではない。
「分かっています」
「次からやります」
と答えることもある。
しかし、知っていることと、実際に毎回できることは別である。
行動が変わっていなければ、同じことをもう一度伝える。
必要であれば、その場でやり直させる。
注意する目的は、反省した顔をさせることではない。
次の行動を変えることである。
自分で正しくできるようになれば、こちらから同じ注意をする必要はなくなる。
自分で進めることと、好きに進めることは違う
自立指導では、生徒が自分で問題を進める時間が長い。
しかし、それは、本人が好きな問題だけを好きな順番で進めるという意味ではない。
テストまでに必要な範囲がある。
現在の学力に応じて、優先すべき内容がある。
先に直さなければ、その後の単元で困る弱点もある。
そのため、
何をするか。
どの順番で進めるか。
いつまでに終えるか。
どの程度できれば次へ進むか。
こうした部分は、塾側で管理する。
本人の判断にすべて任せれば、苦手な問題を避けたり、簡単な作業だけを続けたりすることがあるからである。
自分で進めるとは、何でも自由に選ぶことではない。
必要なことを理解し、決められた目標に向けて、自分の手を動かして進めることである。
先生がつきっきりでない時間にも意味がある
先生が隣に座り、常に説明してくれる方が安心だと感じる方もいると思う。
もちろん、理解が難しい内容では、時間をかけて説明する必要がある。
しかし、先生が常に隣にいると、本人が自分で考える前に助けを求めることもある。
少し迷っただけで質問する。
次に何をすればよいか、毎回答えを待つ。
自分で確認できることまで先生に聞く。
その状態では、先生がいないと学習を進められない。
自分で考える時間。
自分で手を動かす時間。
自分で間違いを見つける時間。
自分で解き直す時間。
こうした時間も、学習には必要である。
先生が離れているから何も見ていないのではない。
自分で進めさせながら、必要なところで止め、確認し、修正する。
これが自立指導の役割である。
最終的には、塾がなくても勉強できるようにする
塾にいる間だけ勉強できても、それだけでは十分ではない。
高校、大学、社会人と進むにつれて、誰かが毎回、
「次はこれをやりなさい」
「ここを直しなさい」
「この方法で確認しなさい」
と指示してくれるわけではなくなる。
自分で課題を確認する。
必要なことを整理する。
期限を考える。
分からないことを調べる。
必要なら質問する。
失敗したらやり方を修正する。
こうした行動を、自分で選べる必要がある。
ただし、それを最初から一人でできる子は多くない。
だから、最初は管理する。
やる内容を決める。
進み方を確認する。
間違ったやり方を止める。
必要な注意を繰り返す。
そして、できるようになった部分から、少しずつ本人に任せていく。
自立とは、最初から一人でできることではない。
教えられ、修正され、繰り返し練習したことを、最終的に自分でできるようになることである。
自立指導は、行動を見て直す指導である
自立指導は、授業をしない指導ではない。
教えない指導でもない。
質問を待つだけの指導でもない。
生徒を自由にさせる指導でもない。
必要な内容を教える。
自分で解かせる。
学習中の行動を見る。
間違ったやり方を修正する。
もう一度、自分でできるか確認する。
この繰り返しである。
正しい勉強のやり方を知っているだけでなく、実際に使えるようにする。
先生に言われたときだけではなく、自分で同じ行動を選べるようにする。
それが、瀬谷松栄塾が考える自立指導である。
